命の神秘 思考と現実

般若心経を解釈する

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先日開催したセミナーで、般若心経を「命というエネルギーの解説書」として捉えると理解しやすい、と話したものの、まだその作業をしたことがなかったので今回挑戦してみました。

般若心経に詳しい方は「空」をエネルギー、「色」をエネルギーが作用して形となって現れたものと仮定して訳してみて、もっと分かりやすい訳が出来あがったら是非教えてください。

般若心経

 

観音菩薩は、修業の末この世のすべてはエネルギーで構成されているということを見つけました。
つまり、
肉体を始めとしたすべての物質、五感、思考、行動、認識まで、私たちを含めた宇宙のすべてのもとをたぐればエネルギーに行き着くという意味です。

それを踏まえて弟子に話しました。

この世のあらゆるものすべては同じエネルギーが変化して現れていると理解してください。
形が違うのは、エネルギーの作用の仕方が違うだけ。
人間が持つすべての感覚も全部エネルギーの作用から引き起こされていることに気付きましょう。

エネルギーは生まれることも死ぬことも、増えることも減ることもないし、きれいも汚いもない。

ちょっと考えたら分かると思うけど、エネルギーには悩みもないし苦しみもない。
私たちの本体はエネルギーだから、本体には当然悩みも苦しみもない。
ただエネルギーが作用して生じた脳細胞が悩んだり苦しんだりしているだけなんだよ。
問題なのは、本体が自分なのか、脳が認識する自分が自分なのか、とらえかたの違いだけだよね。
本体が自分なんだと認識した瞬間に死も悩みも苦しみも全部消えてなくなる。
だけど、脳が認識している自分を自分だと思っている限り、死も悩みも苦しみも消えることはない。
本体がエネルギーだというのが真実で、脳が認識している自分を自分だと思っているのが現実だね。
ほとんどの人は真実よりも現実を大事に抱えて離さないから悩みが絶えないということ。
まぁ悩みや苦しみから逃れようと真実の話に触れても、すぐに現実との妥協を考えてしまうんだけどね。
現実を大事に抱えたままで真実に気付くことはできない。
現実を捨てた時真実が見える。
反対に真実を見た時、現実が実体のないものと知ることができる。
だから現実を抱え過ぎて苦しむのはやめようよ、そして大いなる安心の中で楽しく生きましょうよ。

といった感じでしょうか(^^;

自分はエネルギーか、それとも脳の中にある認識か 般若心経の中の「空」をエネルギーという言葉に置き換え、「色」をエネルギーが作用して形となって現れたものと解釈してみました。
この肉体もどんどん細かく分解していくと素粒子(エネルギー)というすべての物質の材料に行き着くことは、現代の科学でも証明されています。

エネルギーが自分の本体だと理解できた時、すべてのものから自由になれます。
エネルギーには寿命がないことは、学校で習ったエネルギー不滅の法則やエネルギー保存の法則からも理解できると思います。

自分を認識している脳の働きから生み出されるさまざまな思いが私たちを縛り、苦しみを生じています。

その苦しみから離れるためには、自分を自分だと認識している脳の働きから離れるしか方法はありません。

お釈迦様が話されたという何千巻というお経は、すべてこの「苦しみから離れ楽しく暮らすには自分を手放すしかありません」ということを、相手によって言い方を変えて説明しているのに過ぎません。

脳は思っている以上に手強い

ただし、脳は強烈に自分の存在を主張します。
自分は正しいと思いたがります。
自分が一番と思いたがります。
だから多くの人は自分を正当化するのが得意ですし、人の悪口を言ってでも自分を正しい位置に置きたがるし、何かと自慢したがるのです。
そんな脳のクセに縛られたままで自分を手放すことなんて出来ませんね(^^;

自分を手離そうと思うと反発してくるか、そもそもそんなことできないと思うか、相当手強いです(笑)

まぁ、自分の本体はエネルギーだと認識して安心の人生を生きるか、自分を抱えたままで日々の出来ごとに一喜一憂して生きるのか、選択は自由ですから自分の思うようにしてください(^▽^)/

ただし、しっかりと集中して考えてみてくださいね!!

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