悟りの方法

集中して考える

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脳のクセを押さえることができれば、自分の本体に気づきやすくなります。

脳のクセを押さえる一番の方法が集中して考えることです。

命についてじっくりと考えることです。集中すればするだけ、脳のクセから離れることができるからです。ひらめきも同じですね。集中して考えることは瞑想と同じで「無私」の状態になることです。「無私」の状態になるから宇宙の知恵とつながることができるのだと思ってください。深く考えてみてください。自分の中にある宇宙の存在を感じてください。

何度も言いますが、悟りは知識でなく体験です。
神秘的な体験です。
と言っても一部の方が好むような、霊が見えるとか未来の姿が見えるというたぐいのものではありません。
思わずガッツポーズをしてしまう、えも言われぬ安心感に包まれる、宇宙と自分が一体になったような感じがする、そんな歓喜の体験です。

決して言葉や文字で伝えられるものではありません。
お伝えしているように、言葉や文字は、それを言った人、書いた人の価値観で解釈されたものです。
もちろんこの記事とて例外ではありません。

自分でゼロから命を知る作業をしなければなりません。
もちろんこの世界に、しなければならないことなんて、何もありません。
ただし、悟りに向かおうとしたならば、自分の頭で考えなければなりません。

知識を溜め込むことは自分の脳のクセの自己満足にしか過ぎないことを理解してください。
仏教の歴史やお経に詳しくなることは悟りとは何の関係もありません。
特にたくさんのことを知っている人は、自問自答してください。
その勉強した知識で悟りに近づいたと思えるかどうかを。
答えは自分で出してください。

自分の知識は正しいと思いたがることは脳のクセです。
だから自分の知識と違う考え方には猛烈に反発したくなります。
猛烈に反発したくなったら、脳のクセに支配されていると思ってください。
どんなに脳のクセについて知識を得たようでも、自分の都合の良いように解釈されて記憶にしまったに過ぎないのです。

自分の持っている悟りの概念と違うと思えば文中にあるあら探しをし、こいつは悟ってなんかいない、と判断します。自分が悟れてないのに人が悟れたと認めたくない、ただそれだけでしかありません。自分が悟れないんだから、この世に悟りなんてない、と思う人だっているでしょう。悟りを煩悩のコントロールと誤解している人もいるでしょう。悟ると楽しくも何ともない、だから悟らなくても良い、とごまかしている人もいるでしょう。

何でも良いのです。
自分が何を考えようと、何をしようと自由です。
好きなように生きれば良いのです。

良く考えてください。
人が悟ろうがどうであろうが自分には関係のないことです。
違いますか?
人が悟ったところで自分にとって、損得はありませんね。
にもかかわらず、人が悟ったと言うととっさに反応してしまう。
なぜでしょう?
この答えも自分で見つけてください。

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