「 釈迦 」 一覧

自分で捨てている自由

こうでなければいけない、と思った瞬間にあなたの思考は自由を失います。
あれは間違っている、と思った瞬間にあなたの選択は自由を失います。
こうしなければダメ、と思った瞬間にあなたの人生は自由を失うのです。

脳のクセに気付くと人生に振り回されない

「人生は重荷を背負うて坂道を行くが如し」
徳川家康の言葉です。
徳川家康に言われるまでもなく、人は誰でも何かしら重い荷物を持って生きていることを自覚しています。

脳のクセは本能ではない

自分を正当化することに一生懸命になるのも、
人の悪口を言うことで自己の正しさを確認しようとするのも、
自慢したがるのも、
怒ることで人からの攻撃を防ごうとするのも、
誉められると嬉しいのも、
悪口を言われると腹が立つのも、
全て自分を守ろうとすることに他なりません。

心をコントロールしようとしない

お釈迦様が悟りを開かれた時、真理を伝えても理解できる人はいないだろう、と思われたそうです。
そりゃそうですよね、自分の苦しみを取り除きたいと思っている人に、苦しいと思っている自分を捨てろと言われたら、誰でも「ハァーーッ???」ってなります。
誤解のないようにお話しておきますが、お釈迦様が悟られたのは宇宙の真理ですから、自分を捨てるなんて小さなことではありません。
ただ宇宙の真理に基づいて個人の揺るぎない幸せを考えると、自分を捨てる以外に方法はないことから、あらゆるものを捨てろと言われただけです。

お釈迦様は宇宙を見た

お釈迦様が量子論について何の知識も持っていない中で、まさしく命というエネルギーに言及されていることは、すべての人間にはもともと宇宙の知恵が備わっていると考えざるを得ないのです。

集中して考える

脳のクセを押さえる一番の方法が集中して考えることです。
命についてじっくりと考えることです。集中すればするだけ、脳のクセから離れることができるからです。ひらめきも同じですね。

悟りへの道

答えは自分の中にある、とお釈迦様が言われていたことから、自分の心と向き合ういろいろな方法に、悟りを目指す人々は取り組んできました。瞑想だとか内観だとか言われていますが、目指すところは「無心」です。

なぜ悟りをすすめるのか

2017/06/13   -悟りとは
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すべてが自分の思い通りになれば幸せを感じるのでしょうが、そんなことは不可能ですね。
悟りは思い通りにならないときの不幸感を和らげたり、感じなくする力があります。

真実は自分で見ないようにする

本当の自分は、今の自分を捨てたときにみることができる。

脳のクセには勝てない

脳のクセに気づくと、自分の汚い部分がそこから出ていると理解できます。 すると、なんとかその汚い部分をなくそうと考えるようになります。 つまり脳のクセの支配から流れようとするのです。 でも・・・ ほとんどの場合この試みは失敗に終わります。

自分を卑下するのも脳のクセ

お話ししているように、脳は自分を徹底的に守ろうとします。 そのため、常に自分が一番だと思い込みたいのです。 ところが、明らかに自分の力が不足していると思っている場合、前もって自分のダメージを最小に抑えるために、自分のことを低く設定します。

妬み

今更説明はいらないでしょうが、人間の感情の中でもこの妬みという奴は一番始末が悪いかもしれませんね。
厄介なのは、自分自身

正解なんてない

多くの人は何か問題が起きたときに、必死になって正解を探します。これも脳のクセのせいなのですが、 自分に間違いがあってはならないという意識が働くからです。 このことも、やはり多くの人がそのことに気づいてすらいません。

自分を捨てることが悟り

            自分を捨てる ちょっとお釈迦様にご登場願いましょう。 お釈迦様は、 「あらゆるものにうち勝ち、あらゆるものを知り、い ...

二つの自分

生まれて物心がつき、日常の生活を送る中で、自分以外に自分が存在するなんて思ってもみないことです。 せいぜい、宗教などスピリチュアルなものに触れたとき、自分は実体ではないとか、自分は幻のようなものであるなどの言われ方がなされる程度です。

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