幸せになる

感謝 と 思いやり で幸せになる

感謝と思いやりがあなたを幸せにする

人生を楽しく幸せに過ごすために必要なのが「幸運」です。

その「幸運」を引き寄せるのが「感謝と思いやり」です。

感謝と思いやりが生むエネルギーが、あなたが幸せや楽しさを感じる現象を引き寄せます。

私たちが生きている世界はエネルギー一元(エネルギーだけ)の世界で、エネルギーが共鳴したり反発したりしながらすべての現象を引き起こしています。

つまり、

あなたの周りに起きる出来事はすべて、エネルギーの作用によって起きていることで、その作用はあなたが生むエネルギーに大きく影響を受けます。

仏教で言うところの「因果説」です。

仏教において因果は次のように説かれる。

  • 善因楽果(ぜんいんらっか)…善が楽をうむ(善因善果ともいう[8]
  • 悪因苦果(あくいんくか)…悪が苦をうむ(悪因悪果ともいう[8]

因は善あるいは不善(悪)であり、果は楽であれ苦であれ無覆無記となることについて、因から果が異なって熟することを異熟果と呼ぶ。

単純に「善因楽果・悪因苦果」について“善いことをすれば良いことが起こり、悪いことをすれば悪いことが起こる”と解説される場合があるが、因と果は、数えきれないほどの過去における生を想定する概念であるために、その機序は複雑であり、今生の因が今生で果となるとは限らない。また、「良いことをすれば思い通りのことが起きる」という独自な教えを説く団体もあるが、厳密には正確な解釈ではない。

参考資料

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A0%E6%9E%9C

ただし、私の考えるエネルギーの作用は仏教で言うところの善因善果・悪因悪果とは少し違います。

 

善悪を判断するのは誰?

良いことをすれば良いことが、悪いことをすれば悪いことが起きるのが因果説と考えるのは大きな勘違いです。

というのも、何が良い行いか何が悪い行いか誰が判断するのかで、結果が違ってくるからです。

国によって、人種によって、そして人によっても善悪は分かれてしまうものです。

だから誰かが善悪を判断するのなら、それは大きな傲慢となります。

また同じ行為でも、見返りを期待して行った行為は善なのか悪なのか、だれにも判断はつかないはずです。

一般的に考えられている因果説は立場や人によって都合の良い解釈が入り込む余地を持っています。

 

エネルギーは善悪を判断しない

対してエネルギーの作用は善悪の判断などしません。

この世界の法則、物理の法則に従って、寸分の間違いなく出来事を引き起こします。

私たちを始めこの世界のすべてのものはエネルギーが集まって作られています。

宇宙は17種類の素粒子でできている?

橋本教授は開口一番、「モノとか宇宙が究極的には何からできているのかを知りたいという学問です」という。
モノが何からできているかを探るため、どんどん分割していくと、水素や酸素などの原子に到達する。その原子も実は物質の最小単位ではなく、原子核の周りを電子が回っているという構造が20世紀初めに明らかになった。その原子核を壊してみると、さらに陽子と中性子に分かれる。では陽子や中性子を壊せばどうなるのか。さらにその先は……。
「小さくなるほど壊しにくくなりますが、技術が進むことで壊せるようになります。人類が今の技術で到達した一番小さな粒のことを素粒子とよぶのです。理論的に存在が予想されていたトップクォークという素粒子が1995年に、ヒッグス粒子が2012年に見つかりました。光子(光の粒子)や電子も素粒子です。これまでに見つかった素粒子は17種類、驚くべきことに、人類に見えている宇宙はその17種類の素粒子からほとんどできています。しかも1970年代には素粒子の標準理論が完成し、それぞれの素粒子がどんな法則で動くのかを、たった一つの方程式から導きだせるようになりました。宇宙も人間社会も複雑さに満ちていますが、結局はこの17種類の素粒子がどんな風にくっついたり、離れたりするかという法則に還元される。その方程式を私たちは知っている。人間の英知はそこまで到達してしまったわけです」
だとすると、宇宙の謎はすべて解明されたのか?
ことはそう簡単ではなさそうだ。
「ではなぜその17種類の素粒子が存在するのか。本当はもっとあるのではないか。より哲学的な問いとして、どうして光はあるのか、どうして電子はあるのか。そうした根源的な問題を解き明かしたいというのが素粒子物理学です。本当は17種類ではなく、何百もあるかもしれない。いろいろあるなかで有力な考えの一つが、18種類目の素粒子として重力子が存在するという仮説です。なぜそのような予想をするかというと、現代物理学では力は素 粒子を媒介として生じると考えているからです。たとえば電磁気力は光子が媒介していることが分かっています。同じように、モノとモノが引き合う万有引力を媒介する重力子が存在するに違いないという考えです。しかし電磁気力などと比べ重力はとても弱いので観測が難しい。だからまだ実験的には重力子の存在は確かめられていません」

参考資料

素粒子を紐解き、宇宙を知る 

(大阪大学)

素粒子というエネルギーが分裂や融合をすることで物質ができたり、出来事が起きたりします。

実感はありませんが、私たちも素粒子というエネルギーが集まってできています。

日々、瞬間瞬間に体の中で分裂と融合を繰り返しながら生命を維持しています。

ということは、私たちの思いも言葉も行為もエネルギーだと考えられます。

エネルギー保存の法則により、エネルギーは減ることも無くなることもないので、私たちのエネルギーは形を変えて出されるからです。

 

あなたから出たエネルギーは、あなたの周りのいろいろなエネルギーと作用しあって、あなたに還ってくるとイメージしてください。

それがエネルギーの作用と因果説の関係です。

感謝と思いやりは善悪の判断を待たない

ほとんどの思いも言葉も行為も、善悪を判断する余地があります。

殺人だって、戦争下では英雄とたたえられたりもします。

でも、

感謝と思いやりは善悪の判断が必要ありません。

国が違っても、人種が違っても、宗教が違っても、時代が違っても、

感謝と思いやりは善の想いとしてとらえることができるからです。

感謝と思いやりの想いを邪魔するのが、脳の欲求です。

脳の欲求は自分自身にしか関心がありませんから、自分以外のものに対する感謝や思いやりにも関心を持ちません。

脳の欲求を理解すると感謝が生まれる

脳の欲求は、自分に足りないものに注目します。

足りないと感じることが不安であり不快であるからです。

安心や心地良さを求めるから、足りないものを手に入れようとします。

だから、脳の欲求のまま思考すると、感謝や思いやりは生まれません。

脳の欲求を理解し、脳の欲求から離れることで、自分以外のものに対する関心を持つことが出来、結果として感謝や思いやりが生まれます。

同時に、足りないものではなく、満たされているもの、恵まれているものを自分の中に見つけ、そのことに感謝することも大切です。

感謝をすれば幸運がやってくる、と聞かれたことがあるでしょうが、その言葉だけでは感謝をすることが困難です。

自分の恵まれているものに感謝できない人が、自分以外のものに感謝しようとすると自分の中で矛盾が生じるからです。

同様に、自分を思いやることができない人が、自分以外のものに思いやりを持つことは困難なことだからです。

自分の中の恵まれているものに目を向けることは、脳の欲求から離れることにつながります。

自分を思いやることは、自分を大切にすることですから、脳の欲求のまま腹を立て、悪口を言い、嫉妬し、意地悪をする自分から離れることになります。

脳の欲求のまま生きると、それに見合った出来事が待っています。

脳の欲求を理解し、脳の欲求から離れ、感謝と思いやりのエネルギーで自分を包んだ時、あなたから出されたエネルギーがあなたに還ってくる時は、幸運というエネルギーと一緒だと思って下さい。

 

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